【完】鵠ノ夜[上]



「何を言ったってもう戻ってこないのは理解してる。

それでも、そう思うことすら許されないなら、それこそ俺の気持ちの行き場はどこにもない」



「……ええ」



「俺があいつのことを忘れたら……

あいつのことを、誰が思い出すんだよ」



「……忘れろなんて、言わないから。

あなたはただ、彼女を好きでいてあげて」



強く強く感情を引き止めるように込められた力。

しばらくずっと、そのままで。わたしの涙も完全に引いた頃、はとりがゆっくりと力を緩めたかと思うと、抱きしめ直して口を開く。



「犯人を知って、殺意しか湧かなかった。

……その写真に、もう一人女が写ってるだろ」



彼女さんの親友。親友の彼氏としてはとりのことを信頼していた彼女は、彼女さんが一番傷ついている時、全てをはとりに任せていた。

誰が何を言っても、はとりに勝てないとわかっていたから。




「……俺があいつに付きっきりの頃。

あいつらも心配してるって、その女から話聞いてて。……心配してるも何も、あいつのことを襲った張本人のくせに何言ってんだか」



「……うん」



「……本気で、殺してもいいって思った」



閉じ込め続けた、彼の心の奥。

そこから溢れ出た言葉は決して綺麗なものでも美しいものでもなかったのに。偽りのないその本心にほっとしたわたしは、たぶん狂ってる。



「結果的に……人目も関係なく学校であいつらを殴ったせいで、親に謝罪させるぐらいの大事(おおごと)になって。

あいつらは俺が犯人に気づいたことを知って、怖くなったんだろうな。家柄のこともあって停学を受けた俺が明けた頃には、もう学校に来てなかった」



はあ、と彼がため息を吐き出す。

どうせ家に行っても、彼らは出てこないし居るのかすら危うい。所詮中学生で逃げられる距離はそう遠くないはずだが、はとりが追わなかったのには理由があった。



「夢の中で……あいつに、もう追うなって怒られた。

んな理由で、って思うかもしれねえけど、泣きながら『もうそばにいてあげられないんだから』って言われたら、俺だってどうしようもない」



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