【完】鵠ノ夜[上]
彼女のことが大切だから、許せなかった。
だけどその彼女がそれを望まないのなら、どれだけ苦しても、思いとどまることしか出来なくて。不完全燃焼な熱が、そこに残っているから。
「……だからわたしが襲われそうになったことに、過剰に反応してたのね」
「二度目が自分の好きな女じゃなかったとしても。
もう、身の回りの人間をそういう目には遭わせたくない。……それに」
「それに……?」
「……もう誰にも、裏切って欲しくない」
例えどれだけ信頼の大きい相手でも。
裏切られたら最後。わたしは五家や小豆のことを心から信頼しているけれど、もし、裏切られたら。──例え絶大な財力と支持を得た人間だって、裏切りによってすべて失う可能性もある。
薄っぺらく、安い言葉の癖にその意は重い"信頼"。
本当に信頼しているのなら。言葉を交わさなくても、伝わるものだ。
「はとり。
……わたしは、あなたにわたしのことを信頼しなさいとは言わない。むしろ、主人であることを理解しているのなら、信頼しなくたっていいわ」
「………」
「だけど、わたしはあなたを信頼してる。
……だからもし、いつかあなたが誰よりも愛した彼女を傷つけた男たちと再会するようなことがあるのなら、その時はあなたが何をしても引き止めはしない」
それこそ。叶わなかったあの日の殺意を全て込めてくれたって構わない。
……わたしはただ、自分が持てる御陵のすべての権力を利用して、はとりを守るだけだ。はとりが望まなくても、主人として。
「だけど。わたしが跡継ぎになって、あなた達を護衛から外すその瞬間までは。
少なくとも彼らに再会するまでは。わたしがあなたに命令できる立場にいる限り──あなたに、誰も殺めさせはしない」
「……好きにしてくれて構わない。
俺が望んでるのは、あいつらへの復讐だけだ」
そう、と小さく答えてはとりの手をそっと握る。
それから、きつく指を絡めた。見た目はただの恋人繋ぎ。けれどそこに込められた気持ちは、そんな生ぬるいものじゃない。──鎖、だ。