【完】鵠ノ夜[上]
「一生、彼女のことを愛してあげて。
初恋は特別だって言うけれど……初恋の後にこれ以上ないほど誰かを愛したなら、きっと誰かにとってはそっちの方が特別でしょう?それなら、あなたにとっての"特別"は、ずっと彼女であればいい」
あなたが時折哀しげな瞳をすること。
いつもいつも見てきたわたしだから、ちゃんとわかってる。
「特別な彼女以上に……
あなたが誰かを愛せるようになることを、わたしはただ願うだけよ。はとり」
だからもう、そんな顔しないで。
そんな顔をしていたら、いつまでも彼女さんが安心できない。ね?と顔を覗き込めば、はとりが身を寄せてきた。くちびるが触れる、直前。
「……雨麗」
無機質に色を落とした部屋の中に、静かに零されたわたしの名前。
途端に世界が僅かに色づく。それが眩しくて、同じように「はとり」と小さく名前を呼んであげれば、彼は満足そうに目を細めて、距離を詰めた。
これがキスなら、あまりにも哀しくて儚い。
ただ、ありもしない幻想への感情を、わたしで誤魔化すだけの行為。……わたしの言葉に、ただ忠誠を誓っただけのような気もする。
「憎い相手は憎いままでいいのよ。
……情けをかけると、あともどり出来なくなる」
「……わかってる」
「なら大丈夫ね。
あの子たちも、夜中寂しい時はわたしのところに顔を出すの。はとりも、寂しい時はいらっしゃい。一晩隣にいてあげるから」
寝ましょうか、と、はとりを促す。
今日は一人にしておきたくなくて布団に促すと、わたしは布団に入らずに彼の髪をそっと撫でていた。寝ないのかと問われたけれど、仕事も残ってる。
「ゆっくり休んでちょうだい。
……おやすみなさい、はとり」
「……おやすみ」
しばらくして寝息を立て始めた彼。寝顔はまだ幼くて純粋なままで、思わず笑みを漏らす。
本当はこの日。──たった一つだけ、わたしは嘘をついた。