【完】鵠ノ夜[上]
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前回、わたしが襲われそうになった時に彼が感情的だったこと。誘拐されたわたしの件で、相手のリーダー格が自分を好いていたこと。
しかも以前わたしを襲おうとしていた相手の、上の人間。──条件的にも、はとりがああいう行動に出ることは、ある程度見当がついていた。
あの時、彼は相当感情を抑え込んでいて。
ただ一つの誤算は、わたしが彼女たちの行動を、本能的に嫌がってしまったことだ。……憩の記憶を、消しきれなかったから。
はとりが姿を現したことで彼女たちが驚愕に固まっている間、わたしはやってしまったと後悔していた。
……だけど、ギリギリまで止めなかった。
本当はすぐにやめなさいと言うつもりだったけど。
柊季が、彼を止めようとしたから。他の五家が状況を掴めない中で、唯一柊季だけは、彼を止めようとしたから。
柊季は、本気で怒ってた。
だからあえて止めなかった。……あなたが傷つけようとすることで、こうやって怒って引き止めてくれる相手がいるのだと、はとりに実感させるべきだと思ったから。
わたしが彼から過去の話を聞いた時、一つだけついた嘘。
『いつかあなたが誰よりも愛した彼女を傷つけた男たちと再会するようなことがあるのなら、その時はあなたが何をしても引き止めはしない』
引き止めはしない。
だけど。……本当は、出来ることならその手を穢して欲しくなんかない。いくら、はとりが愛した人のためだったとしても。
「お邪魔するわよ」
別邸のチャイムは鳴らさず、いつも鍵のかかっていない別邸の玄関扉を開ける。
足を踏み入れ、リビングの扉を開けるとそこにいるのは芙夏と柊季だけ。ほかの三人は時間的に稽古だったわね、と今は誰も使っていない雪深と胡粋のソファに腰掛けた。
「レイちゃん、熱大丈夫なの……?」
「ええ、あなた達が学校に行ってる間に病院に行って点滴を打ってもらったから。
小豆には動くなって言われてるけど、彼は納期をなんだと思ってるのかしらね」
「……いや心配されてんだろ。
つーか、この間の女三人。今日行ったら停学になってたけど、お前なんかしたのかよ」
柊季にそう言われて、「ああ……」と彼女たちのことを思い出す。別にわたしが何かしたという訳じゃない。
みんなの前で、あの日撮影したデータは海に投げたんだから、手元に証拠は何も無い。あるとしたらわたしの身体の傷だけ。……そんなの証拠にならないだろうけど。
「自主退学ならぬ、自主停学でしょう?
……好きな男に死ぬ直前まで首を絞められて、数日後に平然とした顔で会える?普通なら確実にトラウマになるだろうし、会いたくないでしょう」