【完】鵠ノ夜[上]
失礼します、と上がってくる彼の声。
開き直って「いらっしゃい」と迎えれば、盛大なため息をつかれた。それから言われるであろうセリフに、顔を背ける。
「どうして勝手に部屋を抜け出されているんですか?
私が別用で出掛けている間、夕食まで眠ると仰ってたじゃないですか。雨麗様」
「……だって」
「だっても何もありません。
本日は早くお休みになってください。わかってますよね?明日も学校をお休みされるおつもりですか」
「……明日は行くわよ。
仕事を終わらせたら眠るから安心して」
「今日が納期の仕事を、
いくつ抱えておられるか分かってらっしゃいます?」
にこ、っと笑って誤魔化そうとしたら怒られた。
あと仕事するなとも。今日が納期の仕事があるのに仕事するなって、そんな無茶言われたって聞けない。聞かなかったことにする。
「そもそも、お部屋で仕事されるならまだしも、
どうしてここで楽しくお話しされてるんですか?」
「……心配かけたから」
「………」
「不安にさせたから、その分そばにいてあげるのは当たり前のことでしょう?
土曜日はともかく、あの日帰ってから一度も顔を合わせてなかったんだもの」
心配してたわよね、と隣にもどってきた芙夏に聞けば、年相応の寂しげな表情で頷かれた。
ここに来た時はいつも通りだったけれど、やっぱり寂しかった気持ちも少なからずあって。それがわかっていたから、仕事を放ってここへ来たのだ。
「あなたというお方は……」
「大丈夫。
夕飯を済ませたら、今日中に、今日納期の仕事は全て終わらせて各所にデータを送るから」