【完】鵠ノ夜[上]
「睡眠時間を削られるおつもりですか?」
「何言ってるの、今日中に、って言ったでしょう。
……日付が変わるまでに終わらせて送るわよ」
「……文句を言いたいところですが、それで最終的に全て終わらせられるのが雨麗様ですからね。
わたしもお手伝いさせて頂きますよ」
「ありがとう。
でも、そもそも主人に文句を言うのは間違ってるんじゃないかしら?」
席を立って、浴衣の裾を軽く直す。
それから「先戻ってるわね」とリビングを出ようとして、思い立ったように振り返った。
「……はとり。
仕事が終わったらあなたのスマホに連絡を入れるから、わたしの部屋にいらっしゃい」
部屋の空気が、わずかにぴりっと張り詰める。
あの日以降、彼らがはとりの行動についての話題を避けているのは、見ていれば十分にわかること。はやく話をつけないと、彼等の空気も悪くなってしまう。
まあ、当日にわたしが熱を出して話せなかったのが原因なんだけど。
そもそも別邸に訪れた本来の目的は、全員の顔を見ておきたかったからではなく、はとりに声をかけるためだった。
「……わかった」
「それじゃあ、またあとで。
……小豆、夏休みに海に行こうと思ってるんだけど、和璃とか雛乃ちゃん、誘えるかしら?」
「どうでしょう。
雛乃さんは主婦ですから大丈夫でしょうけど、和璃さんは仕事があるでしょうし」
「……あと、憩も誘っておいて」
「……かしこまりました」
みんな、確実に前に進んでる。
なのにわたしだけが前に進めず立ち止まってる、なんて。──そんな情けないこと、やってられない。
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