【完】鵠ノ夜[上]
「レイ、その人と何かあったの?」
「っ、ばかお前……!
全員が気遣ってんのに、なにストレートに聞いてんだよ!」
「だってどうせ聞きたいんだから直接聞いたほうが早いじゃん。
俺長く待つの嫌だし、シュウも気になってるんでしょ?」
重苦しい雰囲気をぶち壊しにする胡粋と柊季。
……良いけど。悪い雰囲気よりは良い雰囲気の方が良いけど。彼女の心の持ちようだろ、問題は。
「……めずらしく遠回しな言い方するのね、胡粋。
あなたのことだから『誰?』って聞いてくると思ってたわ」
「まあ俺ひとりだったらそう聞いてただろうね。
一応逃げるチャンスをレイにあげたけど、そう言うってことは俺らの知ってる相手なんだ?」
嬢と胡粋の会話って、なんか嫌いだ。
胡粋はお嬢が「主人」として命令したものには、俺らと同じように従順に従うけど、こういうところでちょっと反抗的で。
彼女と常に駆け引きみたいに会話してるから、いつかお嬢のこと怒らせんじゃないかって、ちょっとハラハラする。
ただでさえ今日のお嬢は機嫌が悪いのに、何の遠慮もなく話に切り込んでいく胡粋は怖いもの知らずというか。
その姿勢を尊敬するときもあるけど、今は普通にやめてほしい。お嬢が「そうね」って真顔でつぶやいてるの怖いんだって。
「まあ、もう誰なのか検討ついてるでしょうけど」
「そうだね」
「今までのことがなかったみたいに、平然とビジネスの関係を結ぶ姿勢が気に食わなかっただけよ。
……帰ってすぐ部屋に行ってたらきっと小豆に八つ当たりしてただろうから、別邸に来たのは正解ね」
顔を上げたお嬢はすっかり機嫌を直したようで、隣にいた芙夏の髪をくしゃくしゃと撫でる。
突然のことで驚いた顔をしたくせに、次の瞬間に満面の笑みを浮かべる芙夏にちょっとだけイラッとする。
だってずるいじゃん。