【完】鵠ノ夜[上]
「そう。
だけどもし、今回のように条件が揃えば何を仕出かすかわからない危険分子を、わたしはそう易々と世間には出せないのよ、はとり」
「……わかってる。
やりすぎた事への罰を雨麗が与えるって言うなら、それは素直に受けるつもりでいる。私利私欲に巻き込んだのと同じだ」
「……なら、あなたに罰としてこれを渡すわ」
そう言って腕から抜け出した雨麗は、部屋の奥にある金庫の中から封筒を取り出してくる。
近づいて目にしたそれは緑がかった青い封筒で、どこかの企業名のようなものが印字されていた。
そこから数枚の書類を取り出した彼女が、それを俺に手渡す。
そこに書かれた内容をはっきりと理解しなくとも、冷静さはみるみるうちに欠けていく。どうして、という疑問が、先に口を突いて出た。
「……あなたが誰よりも恨んでた二人は。
あなたが地元を離れた頃に、亡くなってる」
──世界が味方してくれたことなんて、一度もなかった。
どうしてこれを雨麗が持っているのか。どうしてその事実を知っていて尚、この瞬間まで隠していたのか。以前俺の話を聞いて調べたとしても、もっと早くにこの書類を目にしたはずなのに。
「彼らには、仲の良い年上の知り合いがいたらしいわね。
その人からバイクを借りて、しょっちゅう遊びに行ってた。当然無免許よ。……その日も二人で一台のバイクに乗って遊びに行った、その帰りに」
事故に遭って、亡くなった。
聞かされるその事実を、どこか他人事のように聞いていたのは、何もかもを信じられなかったからかもしれない。──もしかすると。
俺がもう、これ以上誰かを殺めることのないよう、彼女が本物に似せて作った書類かもしれない。
そう思い込もうとしたって、告げられる事実は書面上じゃわからないような、俺の知っているものばかりだ。嘘だと、否定する気力もなかった。
「本当は……あなたの考えが、少しでも変わればいいと思ってた。
柊季のことで、少しでも復讐する気持ちが緩めば、その時にこれを渡すつもりだった。けれど案外、あなたは意固地みたいだから」
「……なら、なんで今、」
「言ったでしょう、罰だって。
あなたに罰として与えたの。あなたが復讐する標的は、もういない。──諦めなさい、はとり」
彼女がここまで強い口調で何かを言うのは、初めてだった。
それが正真正銘"命令"であることは、言われなくてもわかる。さっきまでのどこか幻想的だった世界が消えて、現実だけが広がる。