【完】鵠ノ夜[上]
「芙夏、帰ってきてから前髪切った?」
こてん、と首をかしげる彼女。
その仕草だけなら堪らなくかわいいのに、長い黒髪が肩を滑る様子すらも計算され尽くしたみたいに艶やかで。俺らはとっくに、その美しさの虜。
「切った、よー?
えっ、もしかしてわかりやすく失敗してる!?」
「ううん。短くなったと思って」
「……レイちゃん、ほんとよく見てるよねー。
最近目にかかってたのが鬱陶しかったから、ちょっと毛先切っただけだよ?」
俺なんか、言われても変わった…?って首を傾げるぐらいなのに。
本当にお嬢は人のことをよく見てる。それはもちろん芙夏に対してだけではなく、俺ら全員に大して言えること。
……まあ、逆に。
お嬢が髪を切ったのだとしたら、なんだかんだ全員が、気づきそうなもんだけど。
「……そう?
むしろシュウが今日は帰ってきてからネックレスしてるとか、はとりが最近香水変えたのとかみんな気づいてないの?」
……ほんとよく見てんな。
柊季を見れば、たしかにいつもは付けてないネックレスが首元にあった。本人曰く、掃除していたら出てきたからただ思い立って付けたらしい。
香水変えたの?って聞かれたはとりは、「数日前にな」と短く答える。
彼女の観察眼が鋭すぎるのか、やたらと聡いのか。
「俺もちょっと変わったの知ってる?」
ふっ、と。
どこか挑発的な笑みを浮かべて言う胡粋。だからお嬢のこと嗾けるのやめろよ。ちなみに、俺から見たこいつには、断じて、一切、何の変化もない。
「こいちゃん、ほんとに変わったのー?
ぼくから見たら、全然いつも通りだよー?」
「変わったよ、結構がっつり。
……まあ、いまの状態じゃわかんないかもしれないけど」