【完】鵠ノ夜[上]
第四章 好きは恋、嫌いは愛
◇ 揺らぎさえも、偽りで
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あ、この瞬間の表情が少し違う……とか。
少々下世話なことを思いながら、ゆったりと口角を上げる。別に男が好きってわけじゃない。……ああもちろん、女が好きって話じゃないんだけど。
「あっつ……」
すっと、髪から滴り落ちる雫。
彼の髪が湿っているのはお風呂上がりでもなんでもなく、この気温とこの空間のせい。……細かく言えば、密にくちびるを重ねる時間のせい。
「梅雨明けたら一気に暑くなったよね……
うわ、汗びっしょりなんだけど」
「なら……部屋に来なくていいのよ?」
囁けば、ムッとしたように胡粋が顔を顰める。
わたしの部屋で行われる、深夜の密会。触れることも出来ないのに、くちづけを欲して部屋にくることに、どんな意味があるんだろう。
……なんて、ふざけた話よね。
「俺にだって、
たまには雪深より甘えたい時があるんだよ」
「……それこそ、わたしじゃなくてもいいのに。
一切わたしには触れられないんだから」
「わかってるけどさぁ……」
もごもご。
口ごもる彼に「好きなの?」と尋ねたら、悪いのかって逆ギレされた。悪かったら深夜に部屋に入れてないんだけど。
「胡粋は、キスする時たまに切ない顔になる」
「ちょ、は、はあ?
うるっさい……目閉じてて。見んな」
「でも後半になると、
時々うれしそうな顔になるのも可愛いのよ」