【完】鵠ノ夜[上]
わたしの理想ってなんだっけ。
気づいたら憩のことが好きで、気づいたら憩と付き合ってたから、そういうのってあんまり考えたことがないかもしれない。中学の後輩には、何を話しても惚気だ~って言われてたけど。
「ごめん、ちょっと調子乗った。
……ま、俺も理想と現実かなり違うと思うけど」
「胡粋って、年上の女の人好きでしょう」
「何その妄想……
いや、年下より年上の方が好きだけど。でも俺いまは同い年の方がいいっていうか、」
「あら?好きな女の子でもいるの?」
ピク、と、大きく肩を揺らす胡粋。
それから視線をしれっと逸らして、「いるよ」と聞こえるか聞こえないかの、ぎりぎりを狙ったようなか細い声。
はとりは、昔の彼女を思い出す時に。
はたまた、雪深がわたしを見ている時の、ふとした瞬間に。……共通して、想っていると分かる穏やかな表情を見せてくれる。
「はじめはさ、なんか……色々ありえないと思ってたんだけど。
結局好きになったら俺も単純っていうか、」
「……うん」
「……ほかの男に、触れられたくないし、無理だってわかってんのに触れないで、って思う」
わたしよりも強引でわがままで。
だけど好きで、結局そのわがまますらも愛してくれて。クマの首飾りのダイヤモンドが、今日も褪せることなく揺らめくように光を反射する。
元カノとかいたの?って聞いたら。
「いたとしても気になんねえぐらい、お前に夢中だって理解しろよ」なんて横暴なことを言われたのも今じゃ懐かしい。
「でも俺自身は、触れたいし、触れて欲しいし……
なんかもう、全部だめになりそうなぐらい好きだよ──雨麗」
一瞬。頭の中で理解が追いつかなかった。
だけど、光が音よりも早く届くのと同じように、「え?」と零れた声は理解するよりも早くて。真っ直ぐに見つめられて、ドクンと鼓動が強引に動きはじめる。