【完】鵠ノ夜[上]
「はぁ……情けな。
ごめん、俺思った以上に焦ってる」
「胡粋……」
「そうやって呼んでくれんの……結構好きだよ。
ほんとはもっと、デートとかして、ちゃんと言うべきだって思ってたんだけど。レイがあまりにも俺のこと見てくんないから、言いたくなった」
レイ、と名前を呼ばれて、思わず顔を背ける。
いつもいつも慣れない。雪深に好きだって言われたときも少なからず動揺したのに今度は胡粋、なんて。
「……レイ、キスしたい」
耳元で、はちみつみたいに甘ったるい声。
頬に手を添えられて、「いい?」なんて期待に満ちた瞳で見つめられるから、逃げられなくて困る。返事する前に、結局、くちびるを塞がれた。
……何やってるんだろう、わたし。
憩と別れて、まだ何ヶ月も経ってないのに。お互い同意の上の行為だとしても、一線を超えるスレスレまでもう来てる。
「……レイに触れたくて死にそう」
愛し合える恋人関係なら、どれだけよかったか。
わたしの肩に顔をうずめた胡粋は、数秒そのままでいてから、「そろそろ別邸もどるよ」とゆっくり身体を離した。
「雪深のこと、もちろん知ってるだろうけど……
あいつ、レイにこれ以上傷ついて欲しくないから、って、また女の子と夜な夜な遊んでるよ」
「、」
「やめな、って言った方がいいんじゃないの。
自分のこと好きだった女の子がレイを襲わせようとしたり、それの関係で暴力受けたりして、相当参ってると思うけど」
「……女の子と遊ぶことでわたしのことを忘れられるなら、いくらでも遊んでくれて構わないわよ。
わたしが色々と受けた被害のことも忘れてほしいから」
「……ばーか。
どうでもいい女といる時ほど、自分の好きな女のこと考えて会いたくて堪らなくなるのが男ってもんだよ」