【完】鵠ノ夜[上]



思いのほか、彼との電話は静かだ。

前はわたしが色々言うたびに「うるせえ」って言われてたのに、こういう所でちょっとだけ大人になったのかもしれない。うれしくないけど。



『……お前好きな男でも出来たか?』



「出来てたら、こんな時間にあなたと話してない」



『だろうな。……寝れないんだろ、どうせ』



付き合っていた頃。

寝れないと言って、頻繁に深夜に電話をかけていた。もちろん憩に。……それは半分本当だったけれど、半分は声を聞きたかったからっていう嘘。



憩の声を聞いたまま寝ると落ち着く。

そのまま寝落ちしてしまうことも多くて、「俺の声はお前の子守唄じゃねえんだぞ」って言われたこともある。



それでも嫌そうにしていたって電話に付き合ってくれるんだから、憩は優しい。

どれだけ横暴でも強引でも、本気でわたしに冷たかったことなんて一度もない。




「ねえ、憩……

夏休みみんなで海に行くの。来れない?」



『……あいつが掛けてきたのそれか。

クライアントとの打ち合わせもあるし、新しくプロジェクトも始まる。おそらく無理だろうな』



「そっか……」



はじめから期待はしていなかったけど。

やっぱり、会えないのはどんな理由であれ、どんな感情であれ、寂しかったりする。一応、また今度詳細を送ると伝えれば、「わかった」と返事が返ってきた。



「憩。

誕生日プレゼント、ありがと……」



『今更遅ぇよいつ渡したと思ってんだ。

……お前のことだから受け取ってねえとかそんな所だろうとは思ってたけどな。受け取ったなら連絡入れろよ』



「……何の変哲もないプレゼントなら、すぐに連絡したわよ」



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