【完】鵠ノ夜[上]
わかる?と楽しそうに口角を上げる胡粋。
……これはどう考えても、お嬢を使って楽しんでるな。
さすがにわかるわけ、と思っていれば。
お嬢は至極しれっとした顔で、「わかるわよ」と一言。
「二日ぐらい前に、冬服を片付けたでしょう?
あなたが今着てるその部屋着は春物だし、数日前は合わせて使ってた冬物が完全になくなったもの」
「……お嬢相当俺のこと好きだね」
……まじか。なんでそんなの気づくんだよ。
今日はあたたかいから、偶然いまは上着を着てないって可能性もある。
なのにどうして、という俺の謎は、
「天気予報で、"完全に春服に切り替えても大丈夫"って言ってたものね」なんてお嬢の一言で解けた。
どうやら、ニュースや天気予報を胡粋が普段からこまめにスマホで得ていることを考えた上での結果らしい。
……ほんとすげえよ。絶対、こんなの誰にでもできることじゃねえもん。
「そういえばユキ、カラーコンタクト変えたのね。
わたしは前のも好きだったけど、新しいのも似合ってる」
「……、俺らの部屋に監視カメラでもつけてる?」
「まさか。
かわいいあなたたちのことを把握できてないのに、主人が務まるわけがないでしょう?」
主従関係というのは、もっと冷たくて無機質なものだと思ってた。
だけどその概念は、こうして俺らが自分に従順な存在であることを認めた上でかわいがってくれるこの人に出会って、180度覆された。
お嬢は心から、俺らのことを大事だって言ってくれる。
そんな風に主人から言ってもらえるだけで、俺らにとってはこれ以上ないくらい幸せだ。お嬢は、ものすごく飴と鞭の使い分けがうまい。
だから、俺らがそうすれば喜ぶってこともわかってて。
尚且つ甘美なご褒美を与えておけば自分に逆らわないことすらも全部把握済みで。罠が目の前にあるとわかっていながら餌を取りに行く動物と同じ。
罠はそこにあって、いつ閉じ込められて逃げられなくなるかはわからない。
それでも空腹が過ぎた自分の目の前にある餌はこれ以上ないほど甘美なご褒美で、リスクが高くとも取りにいくだけの価値はある。