【完】鵠ノ夜[上]
昔、ウエディングドレスが着たいって憩に言ったような気がする。
それはもちろん、結婚に憧れのある時期だっただけで。おそらく本当に結婚するなら、着るのは白無垢だろうと思う。
でもどうせなら、まっさらな純白のドレスを着てみたい。
……なんて、結婚が好きな相手とできるような楽しいものなら構わないけれど、政略結婚に近いわけだからなんとも言えない。
『お前は衣装映えするから、どっちも似合うだろ』
「お世辞ありがとう」
お母様に結婚式の写真を見せてもらったことがある。
お母様はドレスではなく白無垢で、お人形さんみたいに綺麗だった。お父様も、今ほど険しい表情じゃなくて、幸せそうに見えた。
「そろそろ寝るわね。
和璃の結婚式はまだ先だけど、雛乃ちゃんの結婚式もあるんだから近いうちに会うだろうし。……ああ、櫁も当然参加よ?」
夏休みの旅行の前に雛乃ちゃんの結婚式があって。
その後のハネムーンで、オアフ島のワイキキビーチとハワイ島の星空を満喫するらしいふたりにとっては、近くの海でバーベキューなんてつまらないかもしれないけど。
『わかってるっての。
……じゃあまた今度な。おやすみ』
雨麗、と名前を呼ばれただけなのに、甘く甘く響いて聞こえた。
電話を終えてから、液晶に表示される十分程度の通話時間表示を見て嬉しくなるなんて、本当にどうかしてる。
「おやすみなさい……憩」
ダイヤモンドを抱えたクマに、微笑んでそう口にする姿を誰かに見られていたら、きっと不気味だったに違いない。
さっきまで眠れなかったのが嘘みたいに睡魔に襲われて、瞼を閉じる。
誰かが、明けない夜など無いのだと、言っていた。
朝はいずれ、必ずやってくるのだと。
だけど夜の中に呑み込まれて、溺れて、酔って、狂ってしまったら。
──手を伸ばした先に朝は無いと、あの時思った。
なのにわたしはまだ、この場所にいる。御陵の跡継ぎとして、間違いなく存在している。
身を投げて、三年と少し。憩が助けてくれたあの日から。明けない夜が来ないのは、生きるために息をしているからなのだと、わたしはもう、知ってしまったの。