【完】鵠ノ夜[上]
「受け取られていいのでは?
私としても幸せになって頂きたいですし」
「……何それ嫌味?」
小豆の肩に、頭を乗せて寄りかかる。
目立ち過ぎないように、いつもよりほんの少し華やかに見えるヘアメイクを施してくれた小豆。それが崩れないように気を遣いながら、窓の外をじっと見つめる。
「……誰が隣にいるのか、想像できない」
「雨麗様はまだお若いですから。
……何なら、私と結婚でもしますか」
「……あなた、その冗談好きね」
べつに小豆でもいいけど、と。
視線を上げれば、思いのほか近くで見つめられていたらしい。その瞬間雰囲気が変わる気がして、あ、キスされそう……と気づいたけれど。
「……せめてふたりきりの時にして」
運転手さんに聞こえないように。
小声で呟いて目を閉じると、彼はそれ以上触れてくることも声をかけてくることもない。ちら、と横目で小豆を盗み見るけど、表情からは何も読み取れなかった。
『……俺は好きですよ、雨麗様』
一度だけ、小豆と大きな喧嘩をしたことがある。
まだ憩が御陵にいた頃で、小豆はわたし専属ではなく、御陵の使用人の一人だった頃。何がきっかけだったか、本当に大きな喧嘩をして、しばらく口をきかなかった。
そんな中で、顔を合わせた時に『櫁なんか大っ嫌い』と言ってしまって。
てっきり文句を言われると思ったのに、返ってきたのはそんな一言だった。私、じゃなくて、俺って言われて、ドキッとした。
『あなたにいくら嫌われたとしても……
俺は好きですよ。大切な主人のお一人ですから』
嘘だって、わかってる。
大切な主人の一人、なんて、彼は嘘が下手だ。