【完】鵠ノ夜[上]
憩がいたから、知らないフリをしていた。
だけど彼が御陵を去って、小豆が専属使用人になった時。そこに余計な関係を持ち込みたくなくて、櫁と呼ばなくなった。
「足元お気をつけください」
「……ありがとう」
差し伸べられて手を取って、車を降りる。
今日はわたしのことをエスコートしてくれる身だから、優しく腰に手を添えてくれる小豆。約束していた通り控え室に向かえば、雛乃ちゃんが「雨麗っ」と嬉しそうに笑って迎えてくれる。
「雛乃ちゃん……
すごくドレス似合ってる。ほんとにおめでとう」
「ありがとう雨麗っ、抱き着きたい……!」
「やめとけ。雨麗ちゃんとドレスが潰れる」
物憂いげなため息をついているのは和璃で。
まあまあ、と宥めながら、ちらりと視線をその隣に向ける。久方ぶりに会った憩は当然ながらそう変わっていなくて、今日もかっこよかった。
「本当にお綺麗ですよ、雛乃さん」
「櫁はほんっと優しいね。
聞いてよ?和璃も憩も、一言も褒めてくんないんだよ?『おめでとう』しか言ってくれないの」
「おふたりは褒めるのが嫌いですからね」
「だよねー。和璃なんて仮にも美容師なのに。
雨麗、もういっそ櫁にしときな?」
そう言われて、苦笑を返す。
憩が余計なこと吹き込むな、と零していたけど、雛乃ちゃんは「余計なこと?」と笑顔で首をかしげていた。今日の雛乃ちゃんは無敵だ。
「雛乃、式の前からあんまりはしゃぐな。
……まあ、式前から泣いてるよりはマシだろうけど」