【完】鵠ノ夜[上]
こんな感じの、自分でも耳を疑うような声。
甘ったるいってわけでもないけど、ふたりきりになると媚びたような声になる。甘えてるって言われたらそうなのかもしれないけど、自分では苦手だ。
「俺があの方のことを、
嫌っているのはご存知だと思いますが、」
感情も何もかも、脱がされきってお見通し。
月明かりだけが頼りの暗い部屋の中で。その腕に素直に縋ってみたのは、今回がはじめてだ。……別に何かあったわけじゃ、ないけど。
「俺の利点って。
……あの方と似てることだと思いません?」
カチャ、と、彼が外したメガネを机に置く音。
弱い明かりの中で見上げた彼は、わたしが愛おしくてたまらないあの人と。……瓜ふたつ。
「あたりまえ、でしょう。
あなたと憩、兄弟なんだから……」
明るい場所なら、似ていたって見分けられる。
だけどこの空間じゃ、口調以外に判別する術がない。……それくらいに、そっくりで。
「兄だと思い込んでくださっても結構ですよ」
耳元で囁く声。
声だってよく似てる、とこの状況に何の集中の欠片も見せないわたしの気を惹くかのように、くちびるを塞がれた。
こういうのいつぶりだっけ、と徐々にぼんやりしてくる頭で考える。
憩と別れた日が最後だから、そんなにご無沙汰でもないんだっけ……憩で満たされていたから、こういうの、どうしたらいいのか分かんないんだけど。
「みつ、」
「……はい」
「それ、すき……」
案外、なんでもいいのかもしれない。
こういうことをするなら、相手は好きな人が良いって思ってた。気が変わったってことでもないんだけど。強いて言うなら、そう、気まぐれ。