【完】鵠ノ夜[上]
一人海を眺めながら足を進めて、考えるのは御陵のことだったり、好きだと言ってくれたふたりのことだったり。
恋愛経験が乏しいわたしにとって、憩のことを「好きではない」と断言した今、誰に対してそういう感情を抱くのか、よくわかっていない。
誰のことも好きじゃないのかもしれないけど。
恋愛って、難しい。そもそも今まで憩が優しかったから成り立っていただけのことで。
「……結局わたしは甘えっぱなしだっただけね」
押し寄せる波と揺れる水面を見つめながら、しばらく歩き続ける。
唐突にぽつりと肩に感じた冷たい感触で、咄嗟に見上げた空が真っ黒だったことに気づいた。……うそ。
「雨降ってきた……?」
さっきまで、あんなにいい天気だったのに。
一度降り出した雨は冷たくわたしを濡らして、ひとまずどこかで雨宿りしようと頭の中でこのあたりの建物の位置関係を思い出す。
確か、この近くにはコテージがあって。
もちろん鍵はかかっているだろうけど、屋根の下で雨宿りするくらいのことはできるはず。そう決めて足早にそちらへ歩きながら、櫁のスマホに電話した。
『雨麗様、大丈夫ですか?
今どのあたりにおられます?』
「コテージが近くにあるのを思い出してそこに向かってる途中よ。
あなた達の方は?大丈夫?」
『バーベキューのコンロもちょうど火を消したところでしたし、今はテント下にいます。
部屋に浴室のある雛乃さんと五家の皆様には先に戻っていただきました。ホテルに泊まる残りの組員も順に引き上げさせます』
それを聞いて、「了解」と返事する。
迎えに行きますと言われたけれど、わたしは無心でかなり遠くまで来てしまった。アルコールを飲んで運転できない櫁に三十分近く歩いて迎えにこさせる訳にはいかない。
先にそっちを片付けるよう告げて、落ち着いたらもう一度連絡してと伝えた。
そう長くは降らないだろうけど、雨が止むまではわたしも動けない。パーカーの胸元を引き寄せるけれど、冷たい雨に濡れたせいで肌寒くて。
「……いつ止むかしら」
たどり着いたコテージの屋根の下で、膝を抱えて座る。
……誰も連れてこなくてよかった。風邪を引かせていたかもしれないし。