【完】鵠ノ夜[上]
合わない。
そう言われてしまったらもう、特別な彼女への感情すらも叶わないような気がする。ただひとり、どうしようもなく愛おしい人。
「やっほ。
……お、トランプやってんじゃん」
コンコンと軽いノック音のあと、顔を覗かせたのは和璃さんだった。
「ババ抜き?」と歩み寄ってきた彼は、「雨麗ちゃん起きたってさ」と教えてくれる。どうやら先ほどの話し声の相手は、和璃さんだったみたいだ。
「風呂上がったら部屋に顔出すって言ってたよ」
「そう、ですか」
「はは、憩のこと気にしてる?」
自分ではそんなつもりじゃなかったけど。
案外気にしていたのか、その言葉がぐさぐさと胸に刺さる。「気にしてます」と先に答えたのは雪深で、コイツはブレないなと密かに思った。
「気にしなくていいと思うよ。
雨麗ちゃんさー……前まで俺らと話すときは、その場の雰囲気を楽しむみたいにあんまり発言する子じゃなかったんだけど、」
場に出されたトランプを一枚、摘んで持ち上げる和璃さん。
ぺらっと裏返されたそれは真っ赤なハートのエース。どうでもいいけど、トランプの中でハートのエースが一番、恋愛っぽいカードな気がする。ほんとにどうでもいいけど。
「最近ね、君たちのことすごく楽しそうに話してくれるようになって。
……気がつけば、君たちの話しかしてないよ」
「ちなみにそれって、どんな話なんですか」
「んー、なんだろうな。
あー……前は何でだったか服の通販見ててさ。メンズものだったんだけど、この服が誰に似合いそう、とか言ってたよ」
想像していたよりも、日常的なことらしい。
だけど彼女の日常生活の中で、至極当たり前のように俺らを思い出してくれるのは本当に嬉しいこと。
俺の頭の中じゃ、いつだって世界の中心はレイだけど。
レイにとって、俺らが少しでも特別な存在で、当たり前のように日常生活に影響する存在なら喜ばしい話だ。……その中でも一番特別に、という気持ちを抱くのは、烏滸がましいだろうか。