【完】鵠ノ夜[上]
「……今日はここで寝る?」
くしゃり。
和な雰囲気のこの部屋には到底合わない色の、俺の髪を撫でて問いかけてくる彼女。
つい十分ほど前にあった密な空気が嘘みたいに、部屋はいつも通りだった。
わずかに乱れた浴衣を、お嬢が手早く整える。
「……そうしようかな」
「そう。なら一緒に寝ましょう」
「あのさ、お嬢」
抵抗も躊躇いもなく隣に寝転ぶ彼女を呼ぶ。
ぱち、と燈籠のライトが消されて、部屋の中は真っ暗。まだ目が慣れないせいで、ふたりの間では言葉のやり取りしかできない。
「さっき言ってた、婚約者、だっけ……
その人と、ほんとに結婚するつもりなの?」
「……断りたいけど。
あの男なら、断る手段をすべて先回りして塞ぐんじゃないかしら。残念だけど、わたしが手におえる相手じゃないのよ」
今頃外堀から埋めてるかもしれないわね、と。
他人行儀なお嬢に、一言言ってしまいたくなる。お嬢が誰でもいいと思ってるなら、いっそ。──俺でも、いいんじゃない?って。
所詮は一介の女王の番犬。
だけど。……だけど。触れたくなって、たまらなくもどかしいこの気持ちはどうすればいい?
「……元彼ってことは、中学のとき付き合ってたの?」
「うん。まあ、そんな感じね」
一体、中学のいつから付き合ってたのかは知らないけど。
口調からして短くはないだろうな、と思う。