【完】鵠ノ夜[上]
「……はじめから知ってるでしょう?」
「………」
「わたしが優しかったことなんて一度もないと思うけれど」
違う。レイは、本当に優しい。
優しいけど……優しすぎる、から。だから、俺だけに向けられないその優しさに、勝手に嫉妬する。俺だけに、優しくしてほしいって、わがままになる。
「レイ、」
潮風をはらんだせいで、わずかに軋む髪。
そっと解くように指で梳いて、服越しの体温を確かめるみたいに抱きしめる。涼しいのにあたたかさを感じないのは、俺の方が熱いから。
純粋で、まっすぐで、透明で。
いくつも残酷に薄汚れたものばかり見てきたくせに綺麗なその瞳が、ゆっくりと伏せられる。長い睫毛が震えるのを目視して、彼女のくちびるを塞いだ。
「俺は……
雪深みたいに、器用じゃないし、」
馬鹿だと笑ってくれてもいい。
だって憐れに思えるほど、彼女のことしか見えてないんだから。なんでそんなに、って、そんなこと、俺が聞きたいくらいだ。
「素直でも、ないけど……
でも、レイのことはすごく好きだって思う」
「……うん」
「憩さんと、すごいお似合いで。
どうすれば俺もあんな風にレイの隣に並べるかなって、本気で考えたよ」
「……それは彼自身がとっても魅力的だからよ」
「ちがう。
……レイが、憩さんから向けられる愛情を、一切拒んでないから。自分が特別ってこと、ちゃんと認識してるからだよ」