【完】鵠ノ夜[上]
彼女の表情がとたんに強ばった。
だけどこれが、紛れもない俺の本音。レイのためなら、本当に、どこまでも堕ちていける。それこそ、穢れた仕事ばかりを背負って生きていく彼女を、永遠に支え続ける覚悟がある。
「……わたしはあなた達にそんなことさせたい訳じゃないって、何度も言ったでしょう。
護衛として招集された。でもわたしはあなた達が犠牲になるようなことは絶対にしないしさせない」
「レイ。
いつまでそうやって意地張ってんの」
感情を、めったに表に出さない彼女が。
俺から視線を逸らして、悔しそうにくちびるを噛む。どんな姿さえも愛おしくて、立ち上がって彼女の身体を抱きしめた。
落ち着かないのかそれが嫌だったのか、身をよじって反転させるレイ。
後ろから抱きしめる形になって、逃さないように腕に力を込めると、もう一度「レイ」と耳元で名前を呼んだ。
「……怖がらなくていいよ」
寒さとは別に、震えている彼女。
俺の腕にそっと触れて、それからぽろぽろと泣き出してしまう。レイにとっては、すごく珍しいことで。それだけ不安だった証拠だ。
「おねがい、だから……
身代わりになるなんて……犠牲になるなんて、やめてほしいの、」
「……うん」
「みんなのことが、本当に大事だから……
だから、っ……みんなが犠牲になるくらいなら、わたしがいくらでも自分を犠牲にする、っ」
「……もう。
レイはなんにも分かってないよ」
相手がいなくなってしまったら。
傷つくのはいつだって取り残される方。それをレイは痛いほどわかっていて、だからこそ俺らにそう言うのに、逆転した立場になった時のことを何も考えてない。
「そうやってレイが身代わりになったら……
俺らが、どれだけ傷つくか知ってる?」
出来ることならば、何事もなく平和に。
いっそ、愛し抜いた相手と、共に生命が尽き果てることが出来るのなら、どれだけ幸せなことか。……だけどそんなこと、限りなく不可能に近い。