【完】鵠ノ夜[上]
昨夜海を見ながら、ふたりでゆっくり話したけど。
お互いに付き合っていた時の話題には触れなかった。──復縁する気がないのは、お互いに同じで。
「……早く俺のこと嫌いになれよ」
お前が苦しいだけだろ、と。
言われた時には、素直に「わかってる」と返した。わたしがまだ完全に忘れられていないことも、はっきりと憩は気付いてる。
「迷惑だから、多くて月に一回にしろ。
……それよりお前、あいつらどうする気だよ」
「……あいつら?」
「五家。
……一応護衛としてつけてんだろうが」
ああ、と頷く。
そういえば憩は年が近いって理由で、芙夏のお兄さんとも面識があったはずだけれど。……芙夏のことはこれ以上踏み込まない方が、念のためか。
「わたしが護衛なんか好んでつけるわけないでしょ。
……何年稽古詰んできたと思ってるの。敵の数がよっぽど多くない限りは、一人で対処できるわ」
さすがにこの時間だとまだ早いのか、別荘の中はひどく静かだ。
憩を見送るついでに、砂浜まで散歩に行こう。小豆からは旅行中の仕事禁止令を出されてパソコンも持参できなかったから、何も時間を潰せるような用事がないし。
「お前……なんか企んでんだろ?」
「さあ。……護衛をつけると言いだしたのは、わたしの両親よ?
わたしがそこに何か企む必要なんかないじゃない?」
「お前ほんとに……悪い女だな」
ふふ、と小さく笑って、ソファの上で片膝をつくと、彼の首裏に腕を回した。彼の手が、わたしの後頭部を優しく引き寄せる。
ふたりのくちびるが、沈黙を紡いで。
わずかに揺れた吐息の狭間で、「秘密」と囁いた。