【完】鵠ノ夜[上]
「……なにそれ。レイから聞いたの」
起き上がった俺を軽く脚で蹴るという失礼な行為で追いやり、空いた半分のスペースに腰掛ける胡粋。
んーん、と返せば、あきらかに嫌そうな顔で睨まれた。こう見えて真面目な胡粋からすれば、いい加減な情報を言うなって感じなんだろうな。
「違うけど、わかるって。
……俺がどれだけお嬢のこと好きでひっついてるか、知ってるでしょうに」
「うん、よくあれでうざがられないよね」
「………」
口を開けば毒が飛んでくる。
俺から言わせれば、その性格でよくお嬢に嫌われねえなって思う。……怒られそうだから言わねえけど。
言ったら、100倍くらいになって毒が返ってくるのは目に見えてるし。
胡粋が悪いヤツじゃねえってことくらいは、ちゃんとわかってはいるけれど。
「で、なんだっけ。その婚約者の話?
雪深は俺らにそれを言って何をしたいの?っていうか、それを知ったからどうしたいわけ?」
「……お前らはどう思ってんのかと思って」
軽くあしらわれて、拗ねるようにつぶやく。
すぐに文句を返してくると思った胡粋が黙ったせいで、リビングがシン……と謎の沈黙に包まれて。その静寂を破るように、階段から柊季がおりてきた。
「なんだこの空気」
「おはよー、シュウくん。
レイちゃんが婚約者さんのこと好きなんじゃないかって話してたんだよー」
「へー。よかったじゃねーか。
嫌いな相手と結婚するよりよっぽどマシだろ」
心底どうでもいい。
そんな風にけだるく吐き出された言葉に、いち早く反応した胡粋。感情をあらわにしないその瞳が、明らかに柊季を軽蔑していた。