【完】鵠ノ夜[上]
「……シュウ、本気で言ってんの?
レイは俺らにとって、」
「大事なご主人様、だろ?」
当たり前のこと。当たり前の事実。
それを口にされたのに、胡粋が言葉を呑み込んだ理由はひとつ。──わかっていても、とっくにそれ以上の感情で見ているからだ。
お嬢のことを誰よりも大事に思っているのは、俺も胡粋も同じ。
だから普段は毒を吐くだけの胡粋が、俺の出した話題に食いついた。
「そう……だね。ごめん、余計なこと言った」
「お前があいつのこと好きなのはとっくにわかりきった話だろーが。
今更、んな反応されても困るっつの」
「……でも、シュウはどうなの。
女が嫌い、で有名な中国四国地方の若が。まさか、レイをただのご主人様だなんて言わないよね?」
さらに張り詰める空気。
柊季が「はっ、」と乾いた笑いで、それを破る。
「むしろそれ以外になんて言うんだよ。
"狂犬"を、飼い慣らした唯一の主人に懐いてるだけだろうが」
そこに恋愛感情はない。
そう主張したい柊季の気持ちだって、よくわかる。俺らの関係は所詮主従で、命令されたら従うだけ。──俺らの意思は、一滴たりとも必要ない。
お嬢は俺らにそう言ったことはないけど、全員が言われなくてもわかっていた。
自分の私情は一切挟んではいけない。そこにわずかでも私情が混ざれば、結果に狂いが出てくる。
だからお嬢はいつだって、飴と鞭の飴を俺らに与えるとき以外は、甘やかしてはくれない。
俺らに対しても、学校で敵対視してくる女の子に対しても。
家柄について悪く言ってくる、世間の目に対しても。
冷たく切り捨てる女でいなければならないのだと、幼い頃からずっと思い込み続けてきたんだろう。
だから、彼女の心の底からの笑顔を、俺らは見たことがない。