【完】鵠ノ夜[上]
第二章 手懐けるということは
◇ 甘さに欠ける、無糖珈琲
・
今では女王の忠犬と言われる五家の若。
けれど何も、はじめから懐いてくれていたわけではなかった。
一年前の、春。
芙夏を除く全員が同い年のため、高校進学を兼ねて関東へ出てきてくれたのだ。
正直、芙夏にはとても申し訳ないことをしたと思っている。
彼だけは学年が違うせいで中学三年生での転校。そして自分だけが唯一年下であるというプレッシャーもあっただろう。──挙句。
「……お嬢、ね。
言っとくけど俺は、上から司令を受けてここに来ただけだし。御陵のお嬢としてはちゃんと任務を果たすけど、女としてはどうでもいいんだよね」
「……つーか、そもそも女の下で働くとかマジで意味わかんねーだろ」
反発も反発。
特に酷かったのが胡粋と柊季だ。はとりは可もなく不可もなく、といった存在。雪深はどうにも興味なさげで、そんな纏まりのない面子。
唯一、芙夏だけがわたしの味方だった。
「みんな、どうして嫌なんだろうね?
ぼくは、レイちゃんの護衛の話を父さんから聞いたとき、自慢だったよ?将来御陵を継ぐ人を護衛させてもらえるんだから」
年下という環境の違いに加え、意見の食い違う面子の中でトラブルが起こらないよう話を回してくれる芙夏。
わたしの部屋に時々訪れては、各面々の情報や仲良くなる方法を、一緒に考えてくれていた。
「いきなり地元を離れて護衛しろなんて……
みんなが反発したい気持ちも、わかるのよ」
「そう……?
でもぼく、レイちゃんが初対面のときに言ったあの言葉、すごく好きだよ?」
何度も褒めてくれるそれに、ああ、と自分の言葉を思い出す。
はじめて五人と顔を合わせたとき。──わたしは、迷いもなく彼らに告げたのだ。
『御陵を背負う以上、あなた達に甘いことは言わない。好かれるようなことも、おそらく言わないと思うわ。
それでも、御陵を存続するためにあなた達を実家には帰さない。いくら泣きつかれても、よ』
あの言葉に嘘はない。
好かれたいなんてことは、微塵も思ってない。