【完】鵠ノ夜[上]
ふいに思い立って出た声を小豆に拾われるけれど、首を横に振る。
小豆も小豆で特に気にはしていないのか、「そうですか」という言葉で終わらせた。
「他の使用人への伝言をして参りますので、
少々私はお席を外させてもらっても構いませんか?」
「ええ」
彼が恭しく頭を下げてから部屋を出ていく。
小豆がいなくなると、わずかにゆるむ空気。
むくっと身体を起こした芙夏が紅茶の付け合わせとして用意されたチョコレートの包みをかさりと開いた。
値段の張るチョコレートはいらないと前に伝えたけれど、包み紙は透明ではなく銀紙がいい。
次からは銀紙のチョコレートにしてもらおう、と、そんなことを考えながらアールグレイに口をつける。
和室の中で着物を着ながら紅茶を口にするだなんて、どこか異空間。
──カコン、と。
縁側の先にある庭で、鹿おどしが鳴いた。
「なに、このメッセージ。
……っていうか、なんで俺の連絡先知ってんの?」
個人情報の侵害なんだけど、と眉をひそめる胡粋。
そんな風に愚痴を零してはいるものの、待ち合わせ場所に、待ち合わせ時刻と称した13時の10分前に来てくれているのだから、約束は守る人なんだろう。
一方的に取り付けた話を約束というのかは定かではないが。
制服以外に、滅多に袖を通すことのない洋服を着ているせいで落ち着かない。
それを誤魔化すように彼の腕に腕を絡ませたら、間違っても主人を見る目ではない蔑み方で「何の真似?」と嫌そうな顔をされた。
「何って、わたしちゃんとメッセージで伝えたでしょう?
デートするから、来て頂戴って」
「だからそれを含めて何の真似?って言ってんの。
俺は護衛として呼ばれてるんだから、デートする理由もない。護衛で来いって言うなら別だけど」
「今日は、"わたし"があなたをデートに誘ったの。
わかる? ──御陵のお嬢としては、誘ってない」