【完】鵠ノ夜[上]
何が言いたいんだ、って顔をする胡粋。
頭の良い彼なら理解しているだろうに、分かりたくないのか分かろうとしていないのか。……正直、どちらでも構わないけれど。
「それより、早く行きましょうよ。
こうしてる時間が勿体ないじゃない。ほら、」
くっと、彼の腕を引く。
そうすればひどく億劫そうにしながらもわたしに合わせて歩き出してくれた彼は、「どこ行くの」と感情の読めない声で尋ねてくる。
ここでウィンドウショッピングでもすると言えば、おそらく……いや、間違いなく胡粋は即帰るだろう。女の買い物に付き合いたくなさそうなタイプだ。
ならどうするか、というのは、胡粋を誘った時点で決めていた。
「大型の書店よ。
品揃えがいいから、なんでも見つかるもの」
「……へえ。
普段からせわしなく動いてる割に、本を読んでる時間なんてあるの?」
「……読書はわたしの唯一の趣味なんだから」
時間が空いた時。もしくは、眠れない時。
手を伸ばすのは昔から、小説だった。現実逃避することで、世間から見られる自分のことを正当化しようとした。──幼い頃からずっと、両親には構ってもらえないのだと、知っていたから。
「推理小説? ファンタジー?
それとも、女の子らしく恋愛小説?」
「わたしが読む作品は……
ジャンルじゃなくて、色で決めるのよ」
「色? タイトルに色が入ってるものってこと?」
「装丁、タイトル、帯、あらすじ……
その作品の雰囲気の、"色"ってあるじゃない。例えば、プラトニックラブなら白や赤。感動したと言われる作品だと、白や水色、時折薄めのピンク。……あくまでわたしの個人的な振り分けの仕方だけど」
推理小説やサスペンスなら、黒や赤。
どこか扇情的な恋愛小説なら、赤や紫。星空を散りばめたような穏やかな話なら、青。──そんな、作品の色。わたしはその日の気分で、読む小説の色を決める。
「分からなくもないけど……
それだと、結局読んでからじゃないと自分がそうだと思った"色"通りかは分からなくない?」