【完】鵠ノ夜[上]
──今日は、快晴。
海が綺麗な場所を舞台にした青春ものの小説にぴったり似合いそうな青空だっていうのに。
都会の街を往く人達は皆、どこかせかせかと忙しなくて。上よりも、地面やスマホといった下を見ている人の方が、圧倒的に多かった。
なんだかつまらない世の中だと思う。本当に。
「それでいいのよ。
読んでみて、思った色と違ったら、自分の価値観での思い込みに気づけるじゃない。逆にその通りなら、満足して読めるわよ」
「……お嬢ってさ、」
じ、と。
信号で立ち止まると同時に見つめられて、首を傾げる。そんなわたしを瞳に収めた彼が、普段は鋭いその視線を、どことなくゆるめてくれたような気がした。
「……ひとりで生きていこうと思ってるでしょ」
気がしただけで、そんな気持ちは毛頭ないと言われてしまうかもしれないけど。
確かにわたしには、そう見えた。
「護衛を付けたのは、お嬢の両親。
お嬢自身はそれを良いとも嫌とも言ってないんじゃないの?跡継ぎの件だって、婿を迎え入れて結婚することで御陵を保とうとしてるけど。……そこにお嬢は、感情を入れたことがないよね」
そう言われて何も言わなかったのは、ただ純粋に、おどろいたからだった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、そして零れたのは自嘲的な笑み。感情を入れたことがないわけじゃなかった。
わたしだって、出来ることなら好きな人と結婚したい。
それくらいの願望はある。──でも。
「こうやって自分を殺していかなきゃ、
御陵を継ぐなんてこと出来ないじゃない」
は、と。
彼が目を見張ったような気がした。信号が青に変わり、スクランブルで人が交わる中、隣の彼の表情までは見えない。だからあくまで、そんな気がしただけ。
「……なに、押し黙っちゃって」
ようやくたどり着いた複合商業施設の中で、目的である大型の書店に向かう。
彼との"デート"にここを選んだのは、当然ながら、胡粋が本好きであることを知っていたからで。それ故に、彼は行き先の変更を求めはしなかった。