【完】鵠ノ夜[上]
聞けば胡粋は仕返しとでも言いたげに、「秘密」と薄く微笑む。
店の前に止まった見慣れた車から降りてきた小豆に「近くまで送ってほしい」と頼んでいるあたり、徒歩で行ける距離ではないらしい。
「かしこまりました。
雨麗様、 旦那様から今晩話があると伝言を賜っております」
「お父様から?……わかったわ」
バッグから財布を取り出し、お支払いを済ませて。
小豆が車に和菓子を積み終えると、後部座席に胡粋と腰掛ける。全員での移動ではないため、いつもと違う四人乗りの車。あまり乗らない車だから、落ち着かない。
「それにしても……
楽しそうに過ごされているようで何よりです」
「……わたしの話?」
「ええ。昨日は、"待ち合わせに来てくれなかったらどうしよう。そうなったら迎えに来てよ?"と私に仰られていましたから。
最も、断られるわけがないと分かってましたが」
ミラー越しに、小豆と目が合う。
にっこり微笑まれて、じわりと頬が熱を持ったような気がした。……どうして、この男は。
「……なに、俺が来ないかもって実は心配してたの?」
本人の前で言ってしまうのか。
わたし小豆に何かした?と睨むけれど、胡粋に聞かれたのだからもう手遅れ。開き直って「悪い?」と言えば、胡粋は首を横に振る。それを見て、少しだけ肩の力が抜けた。
「見せないだけで、
女の子らしいところもあるんだと思って」
「馬鹿にしてるでしょう?」
「してないから。
そういう言い方するから可愛げがなく見えるんでしょ?ほんとは可愛いところあるんだから、もっと素直になればいいよ」
よしよし、とあやすみたいに頭を撫でられて、完全な子ども扱いに拗ねるわたし。
顔を逸らせば左手に触れる彼の手。また恋人繋ぎにされたことに言葉を返そうとしたけれど、小豆からは見えていないようだから抵抗もせずにじっとする。