【完】鵠ノ夜[上]
「到着致しました。
連絡を頂きましたら、帰りもお迎えに上がりますので」
「ありがとう、小豆さん。
行こうお嬢、人は多くないだろうけどはぐれないでね」
「また子ども扱いするんだから……」
彼にエスコートされて車を降りると、胡粋が言う通り、確かにまわりに人気はない。御陵の車がそこに停まっていることを、違和感という言葉で片付けられるほど。
何かがある繁華街でもなく、どちらかといえば静かな場所。何かあるの?と連れられ歩いていけば、益々人のいない高台へと彼は向かう。
「……足元気をつけて」
「胡粋、明らかに山の方へ向かってない?」
「まあ、確かに山って言えば山なんだけど。
登るってほどじゃないよ、ほら、そこ」
指さされたのは、山を登るルートとは別にある、休憩所のような場所。
街を一望できるであろうその場所に足を向けると、目に入った景色を見て、息を呑む。
「綺麗……」
下に広がる、淡いピンク色の絨毯。
咲き誇る満開の桜が、風でひらりと靡く。綺麗なその景色に目を瞬かせるわたしを見て、彼はくすりと笑った。
「喜んでくれた?
……ここ、何気なくふらっと出かけた時に見つけた場所なんだけど。俺が来たときは夜だったから、夜景がすごく綺麗に見えたんだよね」
「今は桜の季節だから……
昼間はこんな風に、桜が見れるのね」
「そ。この間ネットニュース見てたら、桜が綺麗に見えるマル秘スポット、って別の地域で似たような造りのところを紹介しててさ。
もしかして、と思ってちょっと前に来てみたら、案の定ここも桜が綺麗に見える場所だったんだよね。その時は、まだ満開じゃなくて」
今日は満開だね、とその風景を見てつぶやく胡粋。
一度離したのにここへ来る途中でまた絡められた指先に力を込めて、「ありがとう」とお礼を言った。この地域に長く住むのはわたしの方なのに、彼の方が、素敵な場所を知ってるなんて不思議な話だ。