【完】鵠ノ夜[上]
噎せた。
俺じゃなくて、飲み物飲んでた雪深が。……いや、なんでお前が噎せるんだよって思ったけど、こいつにつっこんでたらキリがない。スルーだ。
「反発してたんじゃなかったのか?」
「……してたけど。
半日過ごしたら気が変わった。芙夏、元からレイと仲良かったもんね。知ってたんだ」
「ふふっ、うん。
でもこいちゃんがそんなふうに言うってことは、レイちゃん頑張ったんだねえ」
にこにことしてる芙夏を見ていたら、今までレイに反発していた自分が少し憎い。
出会ってから今日までの期間はそう長くもないけど、芙夏はその時間すらもレイと仲良く共有していたんだから。……なんて。
「……なんか。
たぶん、ふたりで過ごしたらわかると思うけど。レイって、すごい頭良いよね。しれっと当たり前みたいに対応してくれるけど、たぶん昔からすごく厳しく育てられてるんだと思う」
嫉妬みたいで笑える。
芙夏に嫉妬したって仕方ないし、嫉妬する理由もないのに。……いや。キスした時点で、"ない"とは、言い切れないか。
「……レイになら。
仕えてもいいって、本気で思ったよ」
さっきからずっと、柊季は興味無さそうにスマホゲームをしてるけど。
昨日までの俺なら、同じような反応だったと思う。でもレイとふたりだけで時間を過ごして、話して、レイ自身の考え方に痛いほど惹かれた。
甘やかされて育ったわけじゃない。
レイは、きっと俺らの中の誰よりも厳しく育てられてきた。でもそれは、御陵のトップに立つあの人が強要したものなのか、レイ自身が望んだものなのか、聞けなかった。
だって、望んだものじゃなかったとしたら。
……もういいよ、って、俺は言ってしまうだろうから。レイが積み上げてきた16年を、無下にしてしまうことになるから。
だから、そこに本人の意思があるのかどうかは、聞けなかった。
望んだものだとしても、無理しなくていいって言ってしまう。……情が入れば入るほど後戻りできなくなることなんて、とっくに知ってたのに。
「それ。
本気でお嬢に仕える気になった訳じゃなくて。──ただ、"お嬢"に本気になっただけじゃん」
「……だったら、なんか不都合でもある?」