【完】鵠ノ夜[上]
夕食を終えた後、部屋にもどって課題を済ませてから、一息つく。
一人になって思い出すのは、夕食前の俺の発言によってピリッとしたあの空気感だ。俺がお嬢に本気になった、と匂わせたせいで、驚愕と困惑が入り混じっていた。
確かに反発はしていたけれど、元々レイ自身のことは嫌いだったわけじゃない。
その好感度が、恋愛のボーダーラインをも超えてしまっただけのことだ。そもそも、主従関係ではあるものの、俺ら五家だって、御陵の跡を継ぐ条件は満たしている。
つまり。お嬢がその気になれば、五家の誰かがお嬢と結婚という形も、ありえなくはない。
その分鯊の跡取りがいなくなってしまうが、鯊は御陵の直下。問題はない。
「こいちゃーん。
ぼくだよ、お邪魔してもいいー?」
──コンコン、とノックされた扉。
声の主は隣の部屋で暮らす芙夏で、返事すれば顔を覗かせる。その手にあるのは、俺とレイが立ち寄った和菓子屋の紙袋。
「組員の人にスイーツ分けてもらう約束してたから行ってきたんだけどねー?
本邸から出たらレイちゃんとばったり会って、こいちゃんのところに行くって言ったら、追加の和菓子くれたのー」
食べていいよだってー。と嬉しそうに芙夏は言ってるけど。
本邸から出てレイと会った、という言葉に違和感を覚える。時計を見れば、時間は間も無く22時。──この時間に外にいるなんて、どう考えたっておかしい。
「芙夏、レイは外で何してたの」
「何、って。……うーん、何してたんだろう。
追加の和菓子をくれた時に部屋に戻ったんだけど、先にぼくが出てきちゃったから、今は部屋にいるんじゃないかなあ」
「そっか。……それならいいんだけど」
こんな時間に外にいるって言われたら、さすがにちょっと心配する。
もちろん本邸を出ても敷地内だし、敷地を出てもこのあたりに近づく人間はいないから、何か起こったりはしないだろうけど。
「ふふ、こいちゃん心配性だよねー。
レイちゃんと、デートして何があったの?打ち解けるぐらいはしてくれると思ったけど、まさかレイちゃんのこと好きだって言い出すとは思わなかったよー」
にこにこにこにこ。
屈託のない笑みで芙夏に「好きって言い出すとは思わなかった」なんて言われたらどことなく気恥ずかしくなるのはなぜなのか。
「でも、妬いちゃうなぁ。
せっかくぼくがレイちゃんのこと独り占めしてたのにー。突然仲良くなって、好きとか言われたらぼくだって妬いちゃうよ?」