【完】鵠ノ夜[上]
「あら。
……おはよう、早起きね。どうしたの?」
午前五時。
本邸再奥にあるお嬢の部屋に訪れると、彼女は既に起きていて綺麗な顔を俺に向ける。……いや、この場合、寝ていないの間違いか。
「どうしたの?は、俺のセリフなんだけど」
「……怒ってるの?」
「朝方まで、どこに行ってたの。
昨日日付が変わる直前に部屋に行ったらいなかったし。まさかと思って、深夜にも来たけど部屋にいなかった」
芙夏が昨日外で出くわしたあと、彼女は何食わぬ顔で夜遅くに外出していたことになる。
深夜2時に訪れた時、この部屋はもぬけの殻だった。今は帰ってきているから、少なくとも2時以降の朝方に帰宅していることは事実だ。
男?と聞けば、レイは「まさか」なんて言いながら口元に綺麗な笑みを湛える。
睡眠をとっていないとは思えないほどに、綺麗な表情。日々の疲れが顔に出ないタイプなのか。
「昨日、小豆から聞いたでしょう?
お父様が、わたしに話があるって言ってたって」
「……言ってたけど」
「それよ。お父様と遅くまで話をしていたの。
ただ話すだけじゃなくてお父様のお酌をしていたものだから、ここにもどってきたのが朝方になっただけよ」
確かに御陵の旦那様は酒豪だと噂に聞く。
それでも娘に朝方まで付き合せるだろうか、と。薄らと影を残す男の雰囲気に気をとられながらも、嫉妬してどうするんだと冷静になった。
「でも……
小豆に寝てないことがバレたら怒られるから、秘密にしておいてね」
レイから、甘い花のような匂いが漂う。
秘密、と発したやわらかいくちびるが、条件の引き換えみたいに一度だけ首筋に触れて。そんなことで絆されるあたり、我ながら単純なんだろう。
「それにしても、日付が変わる前、深夜、今。
……3度も会いに来てくれるだなんて、わたしのことが大好きね、胡粋」