【完】鵠ノ夜[上]



俺もそう思うよ。

レイじゃなきゃ、部屋に来たりしないし。そもそも日付が変わる前にここへ来たのだって、寝る前に彼女の顔を見ておきたかったという不純な理由なのだ。



「小豆が来るまであと一時間ね。

……すこし眠るから、一緒に添い寝する?」



「……は?」



「冗談よ。

猫は構ってあげようとすれば逃げて行って、放っておいたら構えって寄ってくる生き物だもの。布団にだって、ぬくもりを求めて勝手に入ってくるでしょう」



そう言いながら、布団に潜り込むお嬢。

髪に挿していた(かんざし)を抜き取ると、絹のように綺麗な黒髪が彼女の肩を撫でて広がる。どこか煽情的な雰囲気を醸すそれから視線を逸らして、ため息をついた。



「……俺部屋もどるから。おやすみ」



仮にも自分のこと好きな男の前で、無防備に眠るってどういう神経なんだろう。

俺がまさかそんな感情を持ってることは、当然知らないだろうけど。何なら、知っていたって、「信頼してる」なんて言いながら目の前で眠りそうだし。




「……胡粋」



襖を滑らせたところで、彼女が名前を呼んでくる。

振り返ることもなく声だけで返事すると、いつもよりも幾分かやわらかい声が耳を撫でた。



「……いかないで」



「、」



「……小豆が来るまで、一緒にいてほしいの」



むかつく。

感情を察してくれないお嬢も、思わせぶりなその台詞も。どんな顔を向けていいかわからないから、むかつく。



何より襖を閉めて彼女の元へふたたび足を向けている自分に、一番むかつく。

さっきは冗談だって言ったくせに俺を布団の中に誘導した彼女が、身を寄せてくるから本気で困る。レイって本当、男のことをなんだと思ってんだか。



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