【完】鵠ノ夜[上]
だから。
そんな顔しないで、笑っていて欲しいのに。
「ありがとう、胡粋。
……そう言ってくれるだけで、しあわせよ」
自由に羽ばたくことを知らない彼女は、手を伸ばそうとすらしない。
もし、鳥が生まれてから飛ぶことを学ばずに地上の上で生きてきたとしたら飛べないかもしれない。それと同じで、羽があっても飛べるとは限らないのだ。
「情けないところ見せてごめんなさい。
今回限りにするわ。わたしがこんな調子じゃ、みんなのことを困らせてしまうもの」
「……いいよ、俺の前でくらい。
ずっと気張ってるのもつらいでしょ。甘えてよ」
「ふふ……ありがと」
つぶやいたレイが少ししてから寝息を立て始めたから、どうやら眠ったらしい。
抱きしめてみれば華奢で細くて小さくて、すこしでも力を加えてしまえば折れそうな程に儚い彼女。護衛だけじゃなくて。彼女自身を護りたいと言えば、必要ないとあしらわれるんだろうか。
「失礼します」
彼女の隣で一緒に眠るわけでもなく。
ただ本当にそばにいるだけの時間を過ごして、およそ30分。彼がここに来たなら時刻は6時だ。小さな声でそう襖の向こうから聞こえたかと思うと、さ、と開いた襖。
それから視界に彼女と俺の姿を捉えたあと。
じっと俺を見て、彼は一言。
「おはようございます鯊様。
まさか、昨夜からここに居られるのですか?」
「俺が来たのも1時間前ですよ」
「そうですか。失礼致しました。
雨麗様、起床時間です。起きてください」
そんな声で起きる?ってくらい、普段通りの声で起こす小豆さん。
腕の中にいるレイが小さく身じろぎして、それから「小豆」と名前を呼んだ。どうやら普通の声でもちゃんと目が覚めるらしい。