【完】鵠ノ夜[上]
「だからさ。
あいつが色んな女に手出してんのは有名な話だけど俺の彼女にまで手を出されたのがムカつくって言ってんの。御陵サン、あいつの事ちゃんとしてくんない?」
横暴だと思う、本気で。
手を出されたのがムカつくって言ってるけど、彼女は軽く口説いてきた雪深に流されたわけで。その彼女までもが、レイを責める理由がわからない。
レイは俺らに気づいてるけど、ふたりは背を向けているせいで気づいてない。
一瞬「来ないで」と拒む視線を向けられたというのに、雪深はお構い無しにその中に割り込んでいく。お前が行くからややこしくなるんだよ。
「文句あるなら、直接俺に言ってくんない?」
「お前、」
「お嬢は関係ないでしょうに。
そもそも、俺がちょっと口説いただけで流されるような彼女と付き合ってるってどうなの?」
そんな言い方したら、絶対ヒートアップするでしょ。
そう思ったのは、間違いじゃなかったようで。ただ文句を言ってただけの男が、あきらかな怒りを見せる。そして。
「人のモンに手ぇ出すなって言ってんだよ……!」
男の大きな声と、雪深が胸ぐらを掴まれたせいで、一気に視線を集める。
そんな中でも平然としてる雪深はあきらかに修羅場慣れしてるんだろう。変に口を挟むわけにもいかなくて様子を見ていたら、レイが口を開いた。
「……彼女のことを大事に思うのは当たり前のことよ。
自分の大切な人が別の人に奪われたら、わたしだって怒るもの。雪深に口出しさせないから、その手を離してもらっても構わないかしら?」
やわらかい口調で。
そっと宥められたせいか、男は舌打ちしてからその手を離した。それを見たお嬢は、男ではなく彼女の方に視線を向けて。
「……雪深が余計なことしてごめんなさい。
今回のことは、雪深が悪いと思ってる。だからしっかり後で話をするわ。でも、本当に彼氏さんのことを大切に思ってるなら、あなたも流されないであげて」
「……そんなこと、言われなくてもわかってる」
素っ気なく返されたそれにも嫌な顔一つせず丁寧に対応したレイを見て、男の方ももういいと思ったのか一通り落ち着いたらしい。
レイは「行くわよ」と雪深の手を引いて、それから思い出したように振り返った。