【完】鵠ノ夜[上]



「そうそう。言い忘れてたけど。雪深は、自分に言い寄ってきた女の子の中から自分好みの子しか口説かないの。

……だから本当に、"今回"限りよ」



「、」



彼女の方が、何か言いたげな顔をしたけど。

雪深を強引に連れてきたレイは振り返ることなく、俺にも「行くわよ」と声をかけてその場を立ち去る。それから向かった先は教室ではなく、授業間の休憩では誰もいない屋上。



「自分の方から口説きに来ておいて……

都合が悪くなったら人のせいにする女ほど腹の立つものってないわよね」



「俺が原因なのはわかってるけどさ。

……お嬢が謝る必要ないじゃん。俺のことなんだし」



「これはわたしが勝手にやってることよ。

あなたが気に食わなくとも、主人としては放っておけることじゃないの」



フェンスにもたれかかったレイが、小さくため息をついて雪深を見据える。

今朝もシュウから話は聞いてたものの、実際目の当たりにして少しばかり罪悪感を感じたのか、雪深も飄々と文句を返す様子はなかった。




「っていうか。

俺が言い寄ってきた子の中から好きな子しか口説かないの、なんで知ってんの」



「わかるわよ。

主人として、あなた達のことを誰よりも見てるもの。……何かあってからでは遅いでしょう」



「……何かあっても正直俺はどうでもいいよ。

聖の跡を継ぎたいと思ってるわけじゃないし。たとえば明日唐突に死ぬってなっても、俺は何の悔いもない。価値のある生き方もしてこなかったから」



それを聞いて、芙夏のお兄さんの話を思い出した。

彼は、例えその期待が自分への圧力となることをわかっていても。……それでも、生きたいと、思っていたんだろうか。



「そう。

……まだ生きたいと望んでいた誰かがそれに逆らうことなく亡くなってしまったことを、もし目の前で見ても、あなたは何の感情も抱かないんでしょうね」



「別に、死にたいわけじゃないし。

夢を持ってる他人を馬鹿にしてるわけでもないけど、俺自身には価値なんてないよ」



もう完全に春なのに。

どことなく肌寒い風が、屋上に流れる。雪深は価値がないと言ったけど。……こいつは御陵に招集されたその理由を、本気で、わかってない。



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