【完】鵠ノ夜[上]
もう誰にだって、わたしを止める権利はない。
安売りしていないと言いながらも、こうやって実力行使に出たことに抵抗はないんだから、わたしだって雪深とそう変わらないことをしてるんだと思う。
「いちばん気持ちいいキス、ちゃんと分かってんね」
どれくらい、時間が経ったのか。
そう言われて指で彼の髪を梳きながら、隙間をなくすように舌を絡める。湿っぽい吐息が、混ざる。
「キスの上手い女は嫌いじゃねえよ」
雪深の指がわたしの指に絡む。
五家のみんなは、恋人繋ぎが好きだなとどうでもいいことを考えた。わたしを見上げる瞳が、拒むどころか求めていることに気づいて口角が上がる。
「ほら、あるじゃない。
あなたにも、わたしに愛されるだけの権利」
ここまで時間を掛けたのは、彼が欲しがるのを待っていたから。
何度も重なり合うくちづけが上手くお互いの気持ちに合わされば、肌を重ねるよりも心地良いものだと思う。
「どうしようもないねえ」
こういう時、人間は素直になるらしい。
逆らわない彼にくすっと笑っていれば、逆に後頭部を引き寄せられてキスが物理的に深くなった。多少強引なそれは、繕ったものか、本心か。
「ちょっとは、さみしさ満たされた?」
「お嬢」とわたしの耳元で擽るように名前を呼んで甘えるようなその様子に、学校にいた時のような険しさはない。
むしろ子どもっぽい表情まで垣間見える。
「なんか……逆に、ごめん。
結構冗談のつもりだったけど、こういうことお嬢にさせたかった訳じゃないし。俺が遊んでるから、こうやって引き止めてくれたんでしょ?」
「……違うわよ。
たしかに雪深相手だからこうやって実力行使に出たのは事実だけど。あなたがこんな形でも求めてくれるなら、わたしは応えてあげるって証明したかっただけ」
エゴだってことはわかってる。
そもそも雪深はわたしにこうやって引き止められることさえ望んではいなかっただろうから。あくまでわたしの自己中心的な考え方だ。……それでも。