【完】鵠ノ夜[上]
「さみしいなら、いつだって埋めてあげる。
そのさみしさは、誰にだって埋められるものなんでしょう?それなら、いくらだってわたしが埋めてあげる。……でもね、雪深」
朧な灯りの中でも、彼の瞳がよく見える。
外で雨が降り始めたのか、わずかにぱらぱらと雨音が聞こえてきた。
「わたしの元から雪深がいなくなる寂しさは。
……ほかの誰でもなく、あなたじゃなきゃ埋まらないわよ」
「……お嬢」
「護衛として、五家の若にはわざわざ地元から出てきてもらったじゃない。
はじめて会ったときは纏まりもなくて、護衛も渋々で、今もそれは変わらないけど。……それでもわたしは、芙夏と、胡粋と、はとりと、柊季と。雪深の五人じゃなきゃ、嫌なのよ」
彼の黒い瞳が、ここからは見えることのない月を映すように淡く揺らめいて。
例え綺麗事ばかりでも、彼がここに居てくれるのなら。自分の必要性を理解してくれるのなら、もう、それだけでよかったの。
だって。聖雪深というひとりの人間のことを。
自分に、ただ忠実に仕えてくれるだけの存在だなんて、はじめから思ってないんだもの。
「ばかだよ、お嬢。
こんなことしなくたって……"そばにいて欲しい"ってたった一言言ってくれたら、俺は、」
「わたし。みんなが思ってるほど綺麗な女じゃないんだから。
あなたを引き止めるためなら、"こんなこと"でさえ出来てしまうぐらいには、穢れてるのよ」
「ほんとに穢れてたら仕えてないって言ってんじゃん……」
揺らめきを増した瞳が、細められると同時に雫を流す。
零れ落ちるそれが、ひどく綺麗で。泣かせたかったわけじゃないけれど、感情の整理がそう簡単に出来ないことはわたしにだってわかる。
「雪深……髪、染めたら……?」
抱きしめてふわふわとやわらかく揺れる髪に指を潜らせながら、この場にそぐわない言葉を発す。前からずっと思っていたことだ。
女の子遊びにはだらしなかったけど、雪深の制服は一度も着崩されていなかった。髪だって黒で、アクセサリーも胸元で揺れるネックレス一つ。
「こっちに出てくるとき……
わたしのために、黒髪に染め直したらしいじゃない」