【完】鵠ノ夜[上]
小豆だってそうだ。
彼がわたしに仕えることになったのは、わたしが高校生になった時。だけどずっと御陵にいた人で、幼い頃のわたしのことも。"彼"のことも、ぜんぶ知ってる。
「お嬢に、さっきデートしようって言ったじゃん?」
「……うん」
「たとえば、俺の元カノにさ……
一緒に会いに行こうって言ったら、どうする?」
雪深の割には、自信のなさげな声。
もっと堂々と、「会いに行きたいんだけど」って言ってくれたって構わないのに。変なところで謙虚だ、彼は。
「もちろん行ってあげるわよ。
行って、あなたが傷つけられるような言葉を向けられるなら守ってあげる。絶対に。……あなたはわたしの、大事な人だから」
胡粋とも約束した。
その約束を、わたしが雪深とは交わさないだなんて、そんなこと、あり得るわけがない。全員平等に、大事に思ってるんだもの。
「お嬢なら、そう言ってくれると思ってた」
「あら、よくわかってるじゃない」
くすくす笑い合って、そこでようやく雪深の本心を見たような気がした。
どんな些細なことだって良い。自分が自分であることを認めてくれるなら、彼はただそれだけでよかったんだと思う。
「彼氏……いや、もう結婚してるだろうから旦那か。
旦那との仲を壊したいとかそういうんじゃなくてさ。俺はあんたがいなくても幸せだよって、言ってやろうと思って」
「ふふ、どんな顔するかしらね」
「さあ。プライド高い女だったから「へえ」って一言で済まされそうだけど。
……結婚おめでとうって、伝えないと」
雪深の声を聞いて、もう大丈夫だと確信を持つ。
彼はもう、自分の価値なんて考えたりしない。わたしがその価値を、いくらでも与えてあげられるから。聖雪深という存在のすべてが特別だと、さすがにわかってくれただろう。