【完】鵠ノ夜[上]
いくら男同士だからって、言えることと言えないことってあるじゃん。
お前それには絶対気付いてるだろ、と言おうとして、ふと頭をよぎった仮説に、やめた。普段なら察せるはずの胡粋がわざわざ聞いてくるってことは、つまり。
「……なに、キスしたとかで赤くなってんだったらぶっ飛ばすよお前」
「俺がそんなに純情なわけないだろばーか」
「……え、」
ぱち、と目を見張る胡粋。
足を止めるからつられて足を止めれば、なんとも言えない驚きを表したような表情で、おそるおそる口を開く。なんだよ、言いたいことあるならさっさと言えよ。
「……キス以上のことしたの?」
ぼそっと。
女子の恋バナみたいな聞き方をされて、つられるようにして泳いだ視線。……わざと胡粋を困らせてやろうと思ったのに、なぜ俺が困らされているのか。
「殴っていい?」
「なんでだよほぼキスしかしてねえよ」
「、」
「……まあ。キスマークは付けられたけど?」
咽せ返りそうなほどの密な熱気。吐き出した自分の息がやけに熱っぽかったことは覚えてる。
恋人つなぎにした指と指の隙間がじわりと汗ばんで、ただ純粋に。
「……怒った?」
愛されてるように感じた。
あの時そう思ったけど、言うのは癪だったからやめた。そのあと感情を揺さぶられすぎて、お嬢の前で一回泣いてるし。……俺、お嬢の前で情けないとこ見せすぎじゃない?