【完】鵠ノ夜[上]
お嬢に今好きだって言われたら。
俺の心を変えてくれたあの日よりも、熱くなる自信がある。たった一言で、今度こそ、俺の世界が完全に形を変える自信がある。
今はまだ、褪せた白黒の世界に、わずかな色が乗っただけ。
単色ばかりが揃っていて、その色同士は混ざり合わずに、ただ乗せられている。混ざるのは、お嬢が言葉をくれるとき、だ。
「でも……うん。
俺も、いまの雪深は、嫌いじゃないかもね」
「"かも"、ねえ」
「自分で思ったこと言えるようになったんじゃん。
好きだって。……それだけで、成長したんじゃないの」
言うだけ言って、逃げるように歩いていく胡粋。
一秒もかからずにその意味を理解した俺は、ふっと口角を上げて胡粋に追いついた。普段の仲は、散々だけど。お嬢をはさめば、こうやって分かり合える。
それがたとえ、恋敵だったとしても。
「聞いて胡粋、俺今週末お嬢とデート」
「は? ふざけんな、俺も行くって言う」
「むりー。ふたりきりって、指切りで約束したから。
お嬢は絶対に約束守る人だもんねえ」
「いいよ、じゃあ俺はほかの日誘うから。
っていうか、レイは忙しいんだからさ、遠慮して休ませてあげるのが普通でしょ?お前遠慮しなよ」
「お前と話してたらほんとキリないわー」
何気ないこのやり取りさえ、
ちょっと楽しいとか思ってる俺がいる。
それが、お嬢の言ってた価値なのかもしれない。今までは楽しいって感情を、あんまり抱くようなことがなかっただけで。
ここに来て、お嬢と話をして、自然と笑顔が増えたような気がするのは。……やっぱり、お嬢のおかげだ。