【完】鵠ノ夜[上]



……自殺? ジサツ、自殺。

自殺という二文字が、何度も何度も反芻するように頭の中でぐるぐると回る。恐怖の感情が湧いたのは一瞬で、なぜか俺の心にしっくりとその言葉は落ちた。



「もちろん助かって、心入れ替えて今はもう大丈夫だけど。

それでも雨麗ちゃんの中にある、根本的な自己犠牲の部分は変わってない。君達の中の誰かが犠牲になるぐらいなら、初めから自分で死を選ぶ子だよ」



「………」



俺のことはあんな風に引き止めたのに。

お嬢だって、同じじゃんか。そこに価値があるかどうかを天秤にかけただけで。死に関心がないのは、俺と一緒。死を選ばないで欲しいなんて、俺が言えたことじゃない。



ただ、足りない。

お嬢に対して、俺ら五家が、本気で彼女を守る覚悟。まだ、全然、足りてない。



「これも、和璃さんは簡単なことだと思いますか?

お嬢のことを……引き止めるの」



子どもじみた考え。

大人でも子どもでもないから。理解できないわけじゃない。ただそれが正解なのかを導く力は、持ち合わせていない。少なからず。




「さあ。

……そんなの、俺にもわかんないよ?」



それを持ち合わせた大人ばかりではないことも、知った上で。

俺が出すべき答えは、至極簡単なこと。



「化学反応って、いつ起きてもおかしくないからね。

俺は、男女間の恋愛も、化学反応みたいなものだと思ってるし」



「化学反応……」



「うん。

突然思ってもなかった組み合わせで、何かが起こるなんて。……人間同士じゃ、珍しくないでしょ」



お嬢に、俺らと離れたくないと思わせること。

俺らを危険な目に遭わせないとか、そんなことは置いといて。彼女自身の、自分の立場への執着。俺らと揺らぐことない主従関係を築くのだって、その一つだ。



そして。

"死にたくない"と、彼女自身が、願うこと。



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