【完】鵠ノ夜[上]
◇ 感情の随、ありのまま
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待ち合わせ時刻、別邸玄関前。
いってきますと中に声を掛けた雪深が、わたしに「おはよ」と笑って手を繋いでくる。安定に恋人繋ぎだ。何を言っても離してはくれないだろうから、素直におはようを返した。
「お嬢とふたりで出掛けんのって新鮮。
……って思ったけど、別に五人で出掛けたことも、お嬢と六人で出掛けたこともなかった、か」
「ふふ、いつも一緒にいたらそう感じるわよね」
約束の週末。"彼女"に、会いに行く日。
二日前までは熱が下がらず体調を崩していた芙夏も昨日にはすっかり回復してくれたから、安心して出掛けられる。ちなみに小豆は今日有給を取っているから、お休みだ。
「ここに来て、まだ一ヶ月とかだってさ。
俺もうずっと関東にいるような気がするけど」
三月後半に関東に出てきた五家のみんな。
改めて口に出されるとまだ一ヶ月しか経っていないことに驚いてしまう。確かにわたしも、ずっと前からみんなといるような、そんな気分だ。
少し前までは咲いていた桜も、そのうち緑の葉をつけて、いずれは来たる夏を告げる。
咲いてすぐに散ってしまうその儚さは、春ならではの醍醐味。ほかの季節では味わえない一瞬の風景。胡粋に連れていってもらったあの場所は、本当に贅沢だったと思う。
「せっかくだから、こっちの生活も俺は楽しみたいけど。
……どう、夏になったら一緒に海とか行かねえ?」
「気が早い。……でも、いいわね」
「だろ? お嬢と手ぇ繋いで砂浜歩きたいなー」
夕日が沈む前に、なんてロマンチックなシーンを口にする雪深。ロマンチストなの?と問えば、「お嬢相手だからかな」とよくわからない返しをされた。
あと、ロマンチックで思い出したけど、昨日芙夏に「今度一緒に映画行こーよ」と誘われたんだった。
何故か映画の選択肢が、年齢制限のあるグロめのホラーと、女子高生に人気の恋愛映画だったけど。
あんなに可愛らしい見た目の芙夏が実はホラー好きという事実はあまり知りたくなかった気がする。観に行く映画は後者になった。
「お嬢ってさ、いつでも季節映えするよねえ」
「……季節映え?」