【完】鵠ノ夜[上]
「……名前負けしねえいい女に育ったんじゃねえの?」
「それはどうもありがとう」
「お嬢。次は雨の日にデートしよーよ」
わたしよりも一歩先を歩いたかと思えば、目の前で止まって顔を覗き込んでくる雪深。
するなんて一言も言っていないのに、なぜまたデートすることになっているのか。そういえば、胡粋からも『暇な日教えて』と連絡が来ていた。
言い訳がましく『言っとくけどデートじゃないからね』と続けざまに送られてきたのが逆に怪しい。
デートって言葉に照れるようなタイプでもないっていうのに。
「お嬢のこともっと知りたいし、俺のことももっと知ってほしい。
……だから、ちょっとでも長く、一緒に過ごしたいって思っちゃだめ?」
確信犯、だ。
下からそうやって見上げるようにしてわたしにお強請りすれば、断られないことを分かった上で頼んでくる。甘えるような瞳にそっと瞼を伏せて、彼のくちびるに人差し指を乗せた。
「だめ。……って、言ったら?」
「……ずるい」
「あら、ずるいのはどっちだったかしらね」
雪深は挑発に乗りやすい。
普通の挑発ではなく、恋愛事へと誘う挑発。固く出来た結び目を解くように関係を深めたあの夜だって、そうだった。甘く滴る秘め事に、彼は弱い。
「ずるい女は嫌いかしら?」
紅のルージュが歪む。
それを瞳に収めれば、くっと細められる目。息苦しそうに細い息を吐き出して、それからやんわりと、わたしの髪を崩すように握った。
「……ばーか。
だいすきだから、困ってんだよ」