【完】鵠ノ夜[上]
顔を上げた雪深。
すぐ近くの女子会の声が騒がしくて、それだけで掻き消されそうなほど小さな声だったのに。はっきりと言葉になったその音は、しっかりとわたしの耳に届いた。
「とつぜん何言ってんだって思うかもしんねえけど。
あの夜、お嬢の前で泣いた時にはもう惹かれてたっていうか。ごめん。あたまん中、お嬢のことしか、なくて」
日頃は飄々としている雪深が、いつもと打って変わって拙い伝え方をする。
わたしに上手く伝わるように。表面上の仮面の言葉なんかじゃなくて、自分の本心を僅かにも取りこぼさないように、探りながら。
「お嬢のこと好きだって意識しだして……
俺、情けないほど、好きかもしんないって。朝からふたりっきりで、平然としてるように接してきたけど、ちょっとしたことで揺らされて」
感情の籠った声。
音波のように小刻みな震えを添えながら口にされる言葉は、どうしようもなく尊くて、綺麗で。初恋を語られているような錯覚を起こすほど、温かくてやわらかい。
「出会ってからも、好きになってからもまだ間もないけど。
どうしても、今日言おうって……決めてたから」
「……雪深」
彼の表情が、切なく歪む。
「そんな風に呼ばれるだけで苦しくなんの、お嬢がはじめてだよ」
触れることなくテーブルの上に静かに下ろされていたわたしの手を、彼がつかんだ。
両手で優しく包み込まれて、それだけで痛いほどの、愛情を感じた。雪深がどんな思いで、言葉にしてくれたのか。
「ほかの誰にも取られたくない」
真っ直ぐな瞳で。
言い切ったくせに、さすがに恥ずかしかったのか逸らされる視線。握り込んだわたしの手を彼が顔に寄せたことで頬に触れて。その熱さに、目眩がする。
「……やっぱり、迷惑、だった?
俺、お嬢と護衛って関係もどこまでなら許されるのか、よく分かってないし」
「迷惑だなんて思う訳ないじゃない……」