視線が絡んで、熱になる【完結】
怜悧な顔が琴葉のすぐそばにある。浅くなる呼吸を必死で整えようとするのに、容赦なく顔を近づけてくるから無意味だった。
筋肉質で綺麗な上半身に目をやると、覚えていないが“そういう関係”を持ったことを生々しく伝えてくる。

「なかったことに…してください」

真一文字に結ばれた唇が息を吸うために開き、ぼそっと声が出る。
思った以上に声が震えていた。

「なかったことに?するわけないだろ」

吐き捨てるように言われ琴葉は今にも座り込みそうになる体を両足で踏ん張るようにして支える。
二度と男性と関係を持つことはない、そう思っていた。男性と付き合うことも、好きになることもないと思っていた。だからこそ、自分の軽率さを心から恥じた。

「会社はっ…時間…」
「まだ大丈夫だって。そんなに嫌だった?昨日、誘ってくるような真似したの琴葉の方だろう」
「…こと、は?」

まさか自身の下の名前を彼の口から聞くなど思ってもいなかった琴葉はぽかんと口を開けて間抜けな顔をする。
一体、いつから馴れ馴れしく呼ばれる仲になったというのだろう。

「シャワー、浴びたら?」
「…」

抑揚のない声で言われ、疑問や問いただしたいことをぐっと呑み込み、彼に案内されるまま浴室へ向かった。寝室を出ると広々としたリビングが目に留まる。
窓の近くには観葉植物が置いてあり、寝室はモノクロだったがリビングは明るい印象を与えた。
黒の上質な皮のソファに、大きすぎるテレビ、モノは少ないが絵画やガラス細工の置物などが目に入る。
まじまじと他人の部屋を見るのは失礼だから伏し目がちに進む。
浴室へ案内され、「勝手に使っていいから」と言われバタン、とドアが閉まった。
呆然と立ち尽くす琴葉は、下着姿の自分を自嘲するように息を吐いた。
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