視線が絡んで、熱になる【完結】
トイレの鏡で自分の顔を確認する。若干酔っていて頬が赤いのにどうして涼は顔色が悪いといったのだろう。首を傾げつつ、一人の空間でようやく緊張の糸が解け、息を吐いた。
柊のあの柔らかな目線、口調、全て自分だけに向けていてほしかった。
そのようなことを言う立場にないことは理解していたが、どうしたって胸の奥がざわついて真っ黒い感情が溢れる。これが恋をするということなのだと、改めて実感した。
休日に会うたびに、体を合わせて他愛のない会話をする。それだけで満足だったはずなのに。数分トイレでボーっとした後にようやくそこを出ると、

「わ、」

廊下に涼がいた。壁にもたれるようにして携帯を見ている彼は琴葉に気づくと、途端笑顔を見せた。

「待ってたよ。大丈夫?」
「待ってたって何ですか…」

引き攣った顔をしていると、涼が顔を顰めて首を横に振った。
「ちょっとやめてくれない?人を変態みたいな目で見るの」
「そこまでは思ってません」
「そこまでは、って…。まぁいいや。大丈夫?なんか元気無さそうで。やっぱりこういうところ苦手だよね?」
「いえ、そんなことはないです!」

涼の言った“顔色の悪い”という表現は“元気がない”様子を言っていたのだと気づき思わず笑みが浮かぶ。
「本当に?あ、わかった。不破マネージャーのことでしょ?俺はあんまり橋野さんのことは知らないというか今回初めてちゃんと挨拶したけど前から不破マネージャーとは知り合いみたいだね。名前だけは何度か聞いていたから」
「…そうですか」

涼にはすべてお見通しのようだ。飲み会と言ってもただのそれではない。クライアントとの飲み会は接待に値する。気分を落とさないようにしっかりしなければいけないのに、どうしても柊のことが気になってしまう。
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